目を覚ます
ある組織に、ひとり、力を発揮できないでいる方がいました。
体調を崩しがちで、よく、休まれていました。
体が辛いときに休むのは、本来、当たり前のことです。
でも、その方の評価は、「意識が低い」というものでした。
仕事に対する熱量が、足りない。
周りの人と比べると、エネルギーが感じられない。
何のために働いているのか、見えてこない。
そういう目で、見られていました。
私はその方と、お話しする機会がありました。
最初は、仕事の話よりも、生活のこと、好きなこと、これまでの経歴、そんなところから、ゆっくり、始めました。
過去にやってみたいと思ったこと。
やってみて、嬉しかったこと。
ふと、心が動いた瞬間。
誰かに「ありがとう」と言われた、小さな出来事。
そういう話を、ゆっくり、聴いていきました。
聴いていて私が感じたことは、その方は、「やる気がない」のではないということ。
ただ、いま、目の前にある仕事と、自分の中にあるものとの、つながりが、見えていなかっただけなのかもしれない、と思いました。
「仕事を通して、こんなことができたらいいな、と思うことは、ありますか」
そんな問いを、お聴きしました。
最初は、首を傾げておられました。
そんなこと、考えたこともなかった、というふうでした。
会社で求められているのは、「会社の目的」や「組織の目標」のための仕事です。
そういう、いわゆる一般的な目的なら、たくさん渡されてきたのだと思います。
ただ、その「会社の目的」と、その方自身の中にあるものとは、まだ、つながっていませんでした。
「私は、こんなことが出来たら嬉しいなと思っていて」と、自分の話をいくつか、お伝えしてみました。
それは、世の中で言われている「立派な目的」では、ありませんでした。
誰かに自慢できるような、大きな話でも、ありませんでした。
むしろ、とても身近な話でした。
誰かの人生で起きた、小さなしわざ。
その人が大事にしていること。
そういう、ごく自然な営みの話でした。
その話を聴いて、その人の目が確実に輝きはじめたのです。
その日から、その方は、変わり始めました。
仕事への取り組み方が、まず、変わりました。
頼まれてからやる、という流れではなく、自分から動くようになったのです。
周りの人たちも、驚いていました。
「今日は、これをやろう!」
そういう日が、少しずつ、増えていったように見えました。
休む回数も、一気に減っていきました。
私はその変化を、近くで見ていて、不思議な気持ちでした。
私は、その方に、特別なことを教えたわけではありません。
「やる気を出すための技術」のようなものを、お伝えしたわけでも、ありません。
ただ、その方の中にあるものを、ゆっくり、外に出すお手伝いをしただけでした。
そのお手伝いの中で、その方は、自分の中から、ご自身の目的を、見つけられました。
人が、自分から動き始めるというのは、たぶん、誰かに教えられて、起きることではありません。
教わって、動かされている間は、それは、まだ「自分から」では、ありません。
誰にも教わっていない、ただ、自分の中から、自然に、何かが立ち上がる瞬間。
それが、本当の意味で、人が動き始める瞬間なのだと思います。
「意識が低い」と言われていたその方が、見せてくれたものは、たぶん、そういうことでした。
意識が低かったのではなく、まだ、自分の目的が、自分の中で、目を覚ましていなかっただけ。
そして、目的が目を覚ますと、人は、こんなにも、自分から動けるのだということ。
それは、誰かが頑張って動かそうとして、起きることではありません。
その人の中で、何かが、静かに、立ち上がるのを、ただ、待つ時間。
そして、立ち上がろうとしているものを、外に出しやすくする、小さなお手伝い。
私たちが、人の中に「やる気」や「意識」を入れようとしている間は、たぶん、何も変わりません。
その人の中に、もう、あります。
ただ、それが、まだ、目を覚ましていないだけのことが、本当に、多いのです。
組織には、「やる気のある人」「意識の高い人」を採用しよう、という力が、いつも働きます。
けれども、それと同じくらい大切なのは、いま組織にいる人たちの中で、まだ目を覚ましていない目的を、ゆっくりと、呼び覚ましていけるかどうか。
その視点が、これからの組織の、静かな体力になっていくように思います。
人を動かそうとするより、その人の中にあるものが、自然に目を覚ますことのできる場所を、組織の中につくる。
『自分の』目的が、甦る組織。
それは、たぶん、どんなにテクノロジーが進み、効率が求められる時代になっても、人がいるかぎり、組織にとって、いちばん大切な土台のひとつなのだと思います。