変わろうとしている途中は、 外から見えない
ある方が、会社で、管理職に抜擢されました。
その方の評価は、決して、高くはありませんでした。
経営者からは、「感情的な人なんですよ」「あまり、やる気もなく、責任感も、足りないところがあって」と聞いていました。
「本当は、もう少し別の人に任せたかったんですが、人がいなくて」
そういう前提での、抜擢でした。
私は、その方と、初めてお会いしました。
ご挨拶のとき、その方は、私の名刺を、じっと見つめてくださいました。
「こんなこともされているんですね」
少し、興味を持ったような声でした。
私はその瞬間に、「あれ」と思いました。
やる気のない人は、たぶん、私の名刺を、じっとは見ないと思います。
他人の仕事に、興味を持つこともあまりないと思います。
経営者の見ているその方と、私の目の前にいるその方の間に、何か、ずれがあるように感じました。
後日、セッションで、ゆっくりお話を伺いました。
確かに、その方は、感情が表に出やすい方でした。
言葉が強く聞こえる場面も、あるのだろう、と思いました。
ただ、私はその時、「感情的であること」を、責めるようには、お伝えしませんでした。
代わりに、こうお伝えしました。
「感情的になることは、たぶん、相手だけではなく、ご自身を、いちばん消耗させます。今、考えていることで自分の未来が作られるので、もったいないですよ」
その方は、その時、初めて感情的になることの代償を認識された様でした。
そして、「自分の考え方や人への接し方を変えてみたい。管理職として頑張ってみたい」と、ご自身で言われたのです。
それから、その方は、ご自分なりに、試行錯誤を始められました。
「こう言ったら、相手は傷つくだろうか」
「この言い方なら、少しは受け取りやすいかな」
「本当は強く言いたいけれど、どう伝えたら、いいんだろう」
そういう小さな問いが、その方の中で、動き始めていました。
ただ、受け取る側にも、それぞれの受け取り方があります。
その方が一生懸命選んだ言葉でも、相手には、まだ厳しく聞こえる、ということもあったのだと思います。
社内での評価は、残念ながら、すぐには上がりませんでした。
でも、私は知っていました。
その方は、確かに、努力を始めていました。
人は、一朝一夕には、変わりません。
頭で「変わろう」と思った瞬間と、その変化が、声のトーンや表情として外に現れる瞬間との間には、たぶん、何ヶ月もの時間があります。
その間、外から見える姿は、まだ「変わっていない人」のままです。
そして、その時間に、もし周りが「やっぱり、変わらないな」と判断してしまうと、その方の中で動き始めていた小さな意識は、行き場を失います。
人は、信じてもらえた分だけ、すぐに変わるわけではありません。
ただ、信じてもらえない場所では、変わる力そのものを、静かに、失っていきます。
人を育てるということは、たぶん、その人がいま、何に意識を払い始めているかを、見ようとすることです。
外に出ているふるまいだけで、その人を決めない。
そして、現状をありのままに受け止めながら、「ここまでなら、もう少し頑張れそうかな」と思える、小さな課題を、ひとつだけ、丁寧に渡していく。
小さな成功体験を積ませてあげるのです。
ただ、ここで、もうひとつ、大切な視点があります。
そういう関わり方ができる人を、その上の人が、引っ張り上げてくれるかどうか。
管理職に抜擢された人は、迷う時期があります。
うまくいかない時期があります。
評価が一時的に下がることも、あります。
そのとき、その管理職を、もう一段、上から見る人が、「いま、この人の中で、何が動いているか」を、見ようとできるかどうか。
その視点を持つマネジメントが、組織のなかに、いるかどうか。
そこで、人が育つか、育たないかが、決まっていきます。
人を育てる仕事は、たぶん、現場の管理職だけでは、完結しません。
その管理職を、もう一段、上から支える視点があって、はじめて、人は、ゆっくり、育っていきます。
変わろうとしている途中は、外からは見えません。
だからこそ、それを見ようとする目が、現場にも、その上にも、要るのだと思います。