INSIGHT 08

「最近、 雑談しなくなったんですよね」

「最近、 雑談しなくなったんですよね」

売上の話をしている時の会議は、少し速い。

数字がスクリーンに映る。前年対比。着地予測。不足分。

誰かが資料をめくる前に、もう次の質問が飛んでいる。

「この数字、まだ伸ばせますか」 
「広告はどこまで積める?」
「来月までに回収できる?」

返事も早い。会議室の空気が前へ前へ流れていく。
椅子に浅く座っていた役員が、少し身を乗り出す。

ペンが動く。視線が上がる。言葉が増える。

数字の話には、不思議と熱が集まる。たぶん、数字には“今”がある。

今日どうするか。今月どう終えるか。何を止めて、何を伸ばすか。

答えを急ぐ空気がある。
一方で、組織の話になると、少しだけ景色が変わる。

「最近、現場が少し疲れていて」誰かがそう切り出した時、会議室に流れる速度が少し落ちる。

悪い空気ではない。
ただ、さっきまで勢いよく飛んでいた言葉が、
一度テーブルの上に置かれる感じがする。

「まあ、その辺は管理職と連携して」
「現場で見てもらうしかないですね」
「採用も厳しいですしね」間違っていない。

全部、正しい。
でも、正しい言葉が続いたあとほど、
会議室が少し静かになることがある。
誰も反対していない。揉めてもいない。

なのに、話だけが少し宙に浮く。
以前、ある会社で、若手社員の離職が続いていた時期があった。
会議では、原因についていくつも言葉が並んだ。

待遇。世代感覚。耐性。キャリア観。

資料もきれいだった。でも、その会議のあと、現場のリーダーが小さく漏らした。

「最近、みんな雑談しなくなったんですよね」

その言葉だけ、なぜか今も残っている。
原因分析のどの項目よりも、その一言の方が、組織の状態を表していた気がした。

昼休憩なのに、休憩室に人がいない。
誰かがミスをしても、フォローの声より先に沈黙が流れる。

前は自然に出ていた「手伝おうか」が減る。
小さなことなのだと思う。
たぶん、会議で優先順位が高くなる話ではない。
でも、組織が崩れる時は、いつも少し静かだ。

大きな音を立てない。
ある日突然、全部が壊れるわけでもない。少しずつ、誰かが諦め始める。

言っても変わらない。聞かれていない。今は忙しい。

そういう空気を、みんながうまく言葉にしないまま働いている。
そして不思議なことに、その頃の数字はまだ悪くない。
むしろ、売上だけ見れば伸びている時もある。だから、なおさら難しい。

目の前の数字は、「うまくいっている」と言っている。
でも現場には、少し違う温度が流れている。
会議で発言していた人が、最近はあまり話さない。
新しく入った社員の名前を、誰も覚えきれていない。
1on1の予定だけが、静かに後ろへずれていく。

そんな小さな変化は、資料には載りづらい。
載せたとしても、数字ほど強くない。
グラフにならない違和感は、会議の中で居場所を失いやすい。

だから、組織の話は、少しずつ現場へ預けられていく。
経営層が、組織を軽視しているわけではないのだと思う。
むしろ、気にしている人も多い。ただ、数字には締切がある。

来月。
四半期。
着地。

追わなければいけない期限が、毎日こちらを見ている。
一方で、組織の変化は遅い。
今日少し空気が悪くなっても、明日の売上には出ない。
だから、まだ大丈夫に見える。

でも、未来の数字は、たぶんもっと静かな場所で作られている。
会議ではなく、誰かが黙った瞬間とか。
相談を飲み込んだ夜とか。
「まあ、いいか」が増えていく現場とか。

そういう場所で、気づかないまま、
空気だけが先に変わっていく。

Written by 荒木 太嗣

経営の立場からも、現場の最前線からも、人と組織を見てきた。
だからこそ、組織は制度だけでは動かず、現場の納得や対話が欠かせないと考えている。
実践者としての視点を大切にしながら、育成・対話・組織づくりに携わる。