「静かな退職」が増える理由
「静かな退職者」が増えています。
仕事はこなす。
でも、それ以上はやらない。
提案もしない。
意見も言わない。
表面上は普通に働いているように見えるけれど、心はすでに組織から離れている。
そういう状態の人が、じわじわと増えているという話を、あちらこちらで聞くようになりました。
なぜそうなるのか。
原因を「若者の働き方の変化」や「Z世代の価値観」に求める声もあります。でも、私はそこだけでは説明できないと感じています。
あるクライアントの企業で、こんなことがありました。
現場の管理職の方が、職場で起きている問題を上司に伝え続けていました。
メンバーが疲弊している。
業務量に無理がある。
このままでは人が続かない。
そういった内容を、何度も何度も、報告していました。
ところが、その上司は取り合いませんでした。
「あの人はいつも大げさだ」「感情的になっているだけだ」と判断して、経営幹部にはあげなかったのです。
ただ、この上司の方を、一方的に責めることはできません。
その方もまた、かつては声を上げる側だったのかもしれません。
現場の問題を上に伝え、取り合ってもらえず、「大げさだ」「感情的だ」と扱われてきた——そうやって受け取ってきたメッセージが、いつのまにかその方自身の判断の癖になっていた。
声を遮断するふるまいは、どこかで誰かから受け継いだものであることが少なくありません。
遮断は、伝染するのです。
管理職の方は、それでも諦めず、声を上げ続けました。
変わりませんでした。
一度。二度。三度。何度上げても、何も動かない。その状況を、管理職の下にいるメンバーたちは、ずっと見ていました。
人は、変えられないものを前にしたとき、二つの選択をします。
辞めるか、諦めるか。
辞めることを選んだ人は、去っていきます。
でも、諦めることを選んだ人は、組織の中に残ります。
ただし、もう本気では動かなくなります。
これが「静かな退職」の実態ではないかと、私は思っています。
最初から無気力だったわけではありません。
むしろ逆です。
声を上げようとした人が、届かなかった経験を重ねた末に、静かになっていくのです。
この企業で起きていたことを整理すると、こういう構造が見えてきます。
現場のメンバーが感じている違和感や疲弊を、管理職が拾い上げて上司へ伝えます。
でも上司がそれを遮断する。経営幹部には届かない。だから何も変わらない。
上司が遮断した理由は何だったのでしょうか。
その方なりの判断があったのだと思います。
「これは現場の感情論だ」「経営幹部にあげるほどの話ではない」そう判断したのかもしれません。
でも、その判断自体が、大きな問題でした。
そしてその判断は、その方一人の資質の問題ではありません
。
現場の声をどう扱うか——それは、組織全体に長い時間をかけて染みついた文化です。
声を感情論として処理する空気の中で育てば、人はそう判断するようになります。
現場の声を「感情的」と見るか、「重要なシグナル」と見るか。
その解釈の違いが、組織の命運を分けることがあります。
情報が止まる場所に、問題は積み重なります。
「静かな退職」が生まれる組織には、たいていこういう場所があります。
声が届かない層、話が止まる中間管理職、見えていない経営幹部。
それぞれに悪意はない。
でも、構造としてそうなってしまっている。
先ほどの上司の方も、この「それぞれ」の一人でした。
悪意があったわけではなく、自分が受け取ってきたものを、そのまま下に渡していただけなのかもしれません。
だからこそ、これは個人を責めて終わる話にはなりません。
問題は、それが長く続くほど、修復が難しくなることです。
諦めた人は、もう声を上げません。
上げても無駄だと学習してしまっているからです。
そのサインは静かで、目に見えません。表面上は普通に働いているので、何が起きているか分かりにくい。
気づいたときには、組織の中から「動く気持ち」が、ずいぶん失われていた、ということになりかねません。
「静かな退職者」を減らしたいなら、まず問うべきことがあるかもしれません。
現場の声は、今、どこまで届いていますか。
途中で止まっている言葉が、この組織の中にないでしょうか。
届いていない声は、どこかに必ず存在しています。
誰かが感じた違和感。
誰かが抱えた疲れ。
誰かが「言っても無駄だ」と判断して、飲み込んだ言葉。
それらは消えてなくなったわけではありません。
ただ、言葉にならないまま、その人の中に沈んでいるだけです。
では、その声を拾うために、何ができるでしょうか。
特別な仕組みが必要なわけではないかもしれません。
管理職が「最近どう?」と一言聞ける関係性があるかどうか。
幹部が現場に顔を出したとき、メンバーが少し本音を話せる空気があるかどうか。
上に伝えたことが、何らかの形で反応として返ってくる経験が、積み重なっているかどうか。
そういった小さなことの積み重ねが、「声を上げてもいい組織」をつくっていきます。
逆に言えば、「言っても無駄」という経験が一度根付くと、それを覆すにはずっと大きなエネルギーが必要になります。
だからこそ、早い段階で気づくことが大切です。
「静かな退職」は、ある日突然始まるわけではありません。
小さな諦めが、少しずつ積み重なった結果です。
その積み重なりに気づける組織でありたい。
そのために必要なのは、大きな制度改革よりも先に、「声が届く道筋」を丁寧に確かめることではないでしょうか。