INSIGHT 01

「静かな退職」が増える理由

「静かな退職」が増える理由

「静かな退職者」が増えています。

仕事はこなす。
でも、それ以上はやらない。
提案もしない。
意見も言わない。

表面上は普通に働いているように見えるけれど、心はすでに組織から離れている。
そういう状態の人が、じわじわと増えているという話を、あちらこちらで聞くようになりました。

なぜそうなるのか。
原因を「若者の働き方の変化」や「Z世代の価値観」に求める声もあります。でも、私はそこだけでは説明できないと感じています。

あるクライアントの企業で、こんなことがありました。
現場の管理職の方が、職場で起きている問題を上司に伝え続けていました。
メンバーが疲弊している。
業務量に無理がある。
このままでは人が続かない。
そういった内容を、何度も何度も、報告していました。

ところが、その上司は取り合いませんでした。
「あの人はいつも大げさだ」「感情的になっているだけだ」と判断して、経営幹部にはあげなかったのです。

ただ、この上司の方を、一方的に責めることはできません。
その方もまた、かつては声を上げる側だったのかもしれません。
現場の問題を上に伝え、取り合ってもらえず、「大げさだ」「感情的だ」と扱われてきた——そうやって受け取ってきたメッセージが、いつのまにかその方自身の判断の癖になっていた。
声を遮断するふるまいは、どこかで誰かから受け継いだものであることが少なくありません。

遮断は、伝染するのです。

管理職の方は、それでも諦めず、声を上げ続けました。
変わりませんでした。
一度。二度。三度。何度上げても、何も動かない。その状況を、管理職の下にいるメンバーたちは、ずっと見ていました。

人は、変えられないものを前にしたとき、二つの選択をします。

辞めるか、諦めるか。

辞めることを選んだ人は、去っていきます。
でも、諦めることを選んだ人は、組織の中に残ります。
ただし、もう本気では動かなくなります。

これが「静かな退職」の実態ではないかと、私は思っています。

最初から無気力だったわけではありません。
むしろ逆です。
声を上げようとした人が、届かなかった経験を重ねた末に、静かになっていくのです。

この企業で起きていたことを整理すると、こういう構造が見えてきます。
現場のメンバーが感じている違和感や疲弊を、管理職が拾い上げて上司へ伝えます。
でも上司がそれを遮断する。経営幹部には届かない。だから何も変わらない。

上司が遮断した理由は何だったのでしょうか。
その方なりの判断があったのだと思います。
「これは現場の感情論だ」「経営幹部にあげるほどの話ではない」そう判断したのかもしれません。
でも、その判断自体が、大きな問題でした。
そしてその判断は、その方一人の資質の問題ではありません

現場の声をどう扱うか——それは、組織全体に長い時間をかけて染みついた文化です。
声を感情論として処理する空気の中で育てば、人はそう判断するようになります。

現場の声を「感情的」と見るか、「重要なシグナル」と見るか。

その解釈の違いが、組織の命運を分けることがあります。
情報が止まる場所に、問題は積み重なります。

「静かな退職」が生まれる組織には、たいていこういう場所があります。
声が届かない層、話が止まる中間管理職、見えていない経営幹部。
それぞれに悪意はない。
でも、構造としてそうなってしまっている。

先ほどの上司の方も、この「それぞれ」の一人でした。
悪意があったわけではなく、自分が受け取ってきたものを、そのまま下に渡していただけなのかもしれません。
だからこそ、これは個人を責めて終わる話にはなりません。

問題は、それが長く続くほど、修復が難しくなることです。
諦めた人は、もう声を上げません。
上げても無駄だと学習してしまっているからです。

そのサインは静かで、目に見えません。表面上は普通に働いているので、何が起きているか分かりにくい。

気づいたときには、組織の中から「動く気持ち」が、ずいぶん失われていた、ということになりかねません。
「静かな退職者」を減らしたいなら、まず問うべきことがあるかもしれません。

現場の声は、今、どこまで届いていますか。
途中で止まっている言葉が、この組織の中にないでしょうか。

届いていない声は、どこかに必ず存在しています。

誰かが感じた違和感。
誰かが抱えた疲れ。
誰かが「言っても無駄だ」と判断して、飲み込んだ言葉。

それらは消えてなくなったわけではありません。
ただ、言葉にならないまま、その人の中に沈んでいるだけです。

では、その声を拾うために、何ができるでしょうか。
特別な仕組みが必要なわけではないかもしれません。
管理職が「最近どう?」と一言聞ける関係性があるかどうか。
幹部が現場に顔を出したとき、メンバーが少し本音を話せる空気があるかどうか。
上に伝えたことが、何らかの形で反応として返ってくる経験が、積み重なっているかどうか。

そういった小さなことの積み重ねが、「声を上げてもいい組織」をつくっていきます。
逆に言えば、「言っても無駄」という経験が一度根付くと、それを覆すにはずっと大きなエネルギーが必要になります。
だからこそ、早い段階で気づくことが大切です。

「静かな退職」は、ある日突然始まるわけではありません。

小さな諦めが、少しずつ積み重なった結果です。

その積み重なりに気づける組織でありたい。

そのために必要なのは、大きな制度改革よりも先に、「声が届く道筋」を丁寧に確かめることではないでしょうか。

Written by 近藤和歌子

Wingood代表
組織の中にある、まだ言葉になっていない違和感に耳を澄ませる。
対話と関係性を起点に、人材開発・組織開発に携わる。
現場に流れる空気や、小さな変化を大切にしている。