INSIGHT 21

AI時代に求められるのは、正解ではなく「納得」でした

AI時代に求められるのは、正解ではなく「納得」でした

もう、何年も前のことです。

あるチームを、任されることになりました。ほかのチームから「あそこは最悪だ」と言われている、そんなチームでした。空気が、いつもどこか張りつめていました。喧嘩が絶えませんでした。結果も、なかなか出ませんでした。近づくと、ため息が聞こえてくるようなチームでした。

任される少し前から、私は気づいていました。チームを支える人たちが、悩んでいたのです。だから私は、今すべきことを整理して、伝え続けました。何が問題で、どこを直せばいいのか。私なりに、正しいと思うことを、ていねいに。

でも、誰も、耳を貸してくれませんでした。うなずく人さえ、いませんでした。私の言葉は、宙に浮いたまま、どこにも落ちていきませんでした。

正しいはずなのに。そう思いました。言っていることは、間違っていないはずなのに。どうしても、届かないのです。

いよいよ、そのチームを預かる日が来ました。正直、迷いました。正しいことは、もうわかっている。あとは、それを徹底させればいい。頭では、そう思っていました。でも、その正しさは、すでに一度、誰にも届かなかったのです。だから私は、決めていたことを、やめました。今すべきことを伝えるのを、思いきって、やめたのです。

代わりに、一人ひとりと、笑顔で話しました。仕事の話ではなく、その人の話を。休みの日は何をしているのか。最近、どんなことがうれしかったのか。そして、その人の良いところを見つけて、口に出して伝えました。ここがいいですね、と。あなたのこういうところ、すごいと思っています、と。

不思議なことが起きました。

あっという間に、チームに結束が生まれたのです。あれほど絶えなかった喧嘩が、いつのまにか減っていました。誰かが困っていると、別の誰かが、そっと手を貸すようになりました。そして、とてもいい成果へとつながっていきました。最悪だと言われていたチームが、です。

私は、新しいことなど、何ひとつ言っていません。むしろ、用意していた正論を、ぜんぶ手放したのです。手放したとたんに、動きはじめた。長いあいだ、そのことが、自分でも不思議でした。

あのとき整理した今すべきことは、たぶん正解でした。今でも、間違っていたとは思いません。でも、その正解は、誰も動かしませんでした。人が動いたのは、正しさを示されたときではなく、一人ひとりが「自分は、見てもらえている」と感じたときでした。順番が、逆だったのです。正しいことを聞ける状態に、人がなっていなかった。それだけのことでした。

AIの話を、少しさせてください。

これからAIは、今すべきことを、もっと的確に、もっと早く、出してくれるようになります。何が問題で、どこを直せばいいのか。最適なやり方を、迷わず示してくれるでしょう。あの頃の私が、何日もかけて整理したことを、たぶん数秒で出してくれます。正解は、どんどん、誰の手にも入る時代になります。

でも、と思うのです。

正解が、人を動かすとは限りません。あの頃の私が、それを知っています。どれほど正しくても、その人の心が「うん」とうなずかなければ、人は一歩も動かないのです。むしろ、正しさを突きつけられるほど、心を閉じてしまうことさえあります。

正解より、納得。

納得は、その人が「自分は見られている」「わかってもらえた」と感じたときに、生まれます。それは、論理ではありません。データの外にあるものです。あのチームが変わったのも、正しい指示を受け取ったからではなく、一人ひとりが、自分という存在を認めてもらえたからでした。AIがいくら正しい答えを並べても、そこには、まだ届きません。

だからこそ、と思います。

AIが正解を出してくれる時代だからこそ、人のやることは、はっきりしてきます。一人ひとりに、目を向けること。その人の良いところを、見つけること。納得が生まれる場を、つくること。

それは、人を育てることそのものです。組織をつくることそのものです。正解を探すことに追われていた時間を、AIに任せられるようになる。そのぶん私たちは、目の前の人をちゃんと見ることに、時間を使えるようになります。皮肉なようですが、AIが賢くなるほど、人が人を見つめる時間の値打ちは、上がっていくのだと思います。

正解なら、もう、すぐそこにあります。これからもっと、すぐそこに来るのでしょう。

それでも人が動かないとき、足りないのは、正しさなのでしょうか。

Written by 近藤和歌子

Wingood代表
組織の中にある、まだ言葉になっていない違和感に耳を澄ませる。
対話と関係性を起点に、人材開発・組織開発に携わる。
現場に流れる空気や、小さな変化を大切にしている。