INSIGHT 01

思い込みが、組織を静かに壊す

思い込みが、組織を静かに壊す

ある会議で、こんな場面がありました。

一人のメンバーが、資料の確認をせずに発言しました。それを見た上司の表情が、少し変わりました。

「またちゃんと準備していない」

その上司は、何も言いませんでした。でも、その一瞬の表情に、私は何かが固まる音を聞いた気がしました。
後で聞いてみると、そのメンバーは前日まで別の緊急対応に追われていて、資料に目を通す時間が取れなかったということでした。それを誰にも伝えていなかった、というだけのことでした。

でも、上司の中では、すでに違う物語が出来上がっていました。

「この人はいつも準備不足だ」「責任感が足りない」「任せられない」

たった一回の出来事から、その人の人物像が、静かに塗り替えられていきました。
こうした思い込みは、実はもっと身近な場面でも起きています。

朝、すれ違ったときに挨拶をしたのに、相手から返事がなかった。そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。「あの人、無視した」。そう感じた瞬間、小さな違和感が生まれます。

実際は、相手は何か考え事をしていただけかもしれません。声が聞こえていなかっただけかもしれません。でも、挨拶を返してもらえなかった側には、その事情は見えません。見えるのは「無視された」という事実だけです。

そして、その日一日、なんとなく相手のことが気になります。次に会ったとき、また少し様子をうかがってしまう。すると、向こうもこちらの態度の変化を感じ取って、少しぎこちなくなる。お互いに「あの人、最近ちょっと変だな」と思い始める。

似たようなことは、メールやチャットの返事でも起こります。「了解です」だけの一文。貰った側が「ちょっと冷たいな」「不機嫌なのかな」と受け取ってしまう。実際は、相手は単に忙しくて、それ以上書く時間がなかっただけかもしれません。

会議での評価も、挨拶のすれ違いも、根っこは同じです。たった一度の出来事から、相手の人物像を勝手に組み立ててしまう。そうして出来上がった物語は、本人にも、相手にも、ほとんど気づかれないまま、関係性の温度を変えていきます。
人は、情報が足りないとき、自分なりの解釈で空白を埋めようとします。

これは、誰もが持っている自然な働きです。意地悪な人だけがすることではありません。むしろ、真面目に状況を理解しようとする人ほど、この空白を埋めたくなります。

問題は、その解釈が、たいてい検証されないまま、確信に変わっていくことです。

一度「この人はこういう人だ」と思い込むと、その後の言動は、すべてその物語に沿って解釈されるようになります。同じ遅刻でも、信頼している人がすれば「電車が遅れたのだろう」となり、思い込みのある人がすれば「やっぱり」となる。

事実は同じでも、見え方がまったく違うものになっていきます。
そして、この働きは、立場や役割とは関係なく起こります。

上司が部下を思い込むこともあれば、部下が上司を「どうせ分かってくれない」と決めつけることもあります。同僚同士でも、隣の部署に対してでも、同じことが起きます。誰かを思い込む側に、自分が立っていないとは、誰にも言いきれません。
この思い込みが厄介なのは、本人に自覚がないことです。

上司は、自分が「公平に評価している」と思っています。メンバーへの態度が以前より硬くなったことにも、気づいていません。でも、メンバーの方は、その微妙な変化を感じ取ります。

「最近、あの人の自分への態度が違う」

理由は分からないけれど、距離を感じる。そうすると、メンバーの側も身構えるようになります。発言が減る。報告が遅れる。それを見た上司は、また「やっぱり」と思います。

思い込みが、現実をつくり始めるのです。
では、どうすればいいのでしょうか。

一つは、解釈と事実を分けて見る習慣を持つことです。

「準備不足だ」と感じたとき、それは事実でしょうか、それとも自分の解釈でしょうか。事実は「資料を確認せずに発言した」ということだけです。「準備不足」「責任感がない」というのは、そこに自分が付け加えた意味です。

この区別ができると、次の一歩が変わります。「なぜ確認できなかったのですか」と、評価ではなく事実を尋ねる問いが出てくるようになります。
もう一つは、思い込みに気づいたときに、それを検証する勇気を持つことです。

「あの人はいつもこうだ」と感じたとき、その確信を本人にぶつける前に、一度確かめてみる。「最近、何かありましたか」と聞くだけで、見えていなかった背景が出てくることがあります。朝の挨拶のすれ違いも、「さっき気づかなかった?」と軽く聞いてみるだけで、たいてい「ごめん、考え事してた」という、ただの事実が返ってきます。

確かめないまま心の中で物語を完結させてしまうと、本当はなかったはずの距離が、本物の距離になっていきます。
そして、もう一つ大切なのは、組織として「確かめ合える」文化をつくることです。

個人の習慣だけに頼っていると、忙しいときほど確認を飛ばしてしまいます。だからこそ、1on1や日々の対話の中に、「最近どう?」と聞く時間をあらかじめ組み込んでおく。確認することが特別な行為ではなく、当たり前の文化になっている組織は、思い込みが固まる前に、解けていきます。
思い込みは、誰の中にも生まれます。それ自体は止められません。

止められるのは、その思い込みを確信に変えてしまう前の、ほんの小さな確認の一歩です。

最近、確かめずに決めつけてしまったことが、あなたの組織の中にないでしょうか。

Written by 近藤和歌子

Wingood代表
組織の中にある、まだ言葉になっていない違和感に耳を澄ませる。
対話と関係性を起点に、人材開発・組織開発に携わる。
現場に流れる空気や、小さな変化を大切にしている。