「育たない」の前に、 見えていない。
「若手が育たない」「なかなか戦力にならない」。
そういう言葉を、組織の中で耳にすることは多い。特に人手不足が続いている現場では、その言葉には少し焦りが混じっている。早く一人前になってほしい。任せられるようになってほしい。教える側にも余裕がない。だから、どうしても「できるようになったかどうか」が会話の中心になる。
ただ、現場を見ていると、ときどき別の感覚に出会うことがある。
本当に育っていないのだろうか、という感覚である。
ある職場では、入社して半年ほどの社員がいた。周囲からは「まだ受け身」「自信がない」「成長が遅い」と見られていた。しかし実際に会議や日常のやり取りを観察していると、その人は以前よりも、かなり細かく周囲を見ていた。
誰が困っているか。
どこで話が止まるか。
何が曖昧なまま進んでいるか。
発言は少ない。しかし、見えているものは増えていた。
以前は、自分の業務だけで精一杯だった人が、少しずつ周囲との関係性を捉え始めていたのである。
ただ、その変化は評価されにくい。
なぜなら、数字にならないからだ。
売上が急に伸びたわけでもない。処理件数が劇的に増えたわけでもない。目立った成果としては現れない。しかし、人が成長するとき、本当はこういう変化のほうが先に起きていることが多い。
問いの立て方が変わる。
物事の見え方が変わる。
自分だけではなく、周囲とのつながりの中で仕事を捉え始める。
だが組織は、ときどき「結果として見えるもの」だけで成長を判断しようとする。もちろん、それ自体は間違いではない。事業である以上、成果は必要である。ただ、その見方だけになると、人の変化の途中経過が見えなくなる。
すると、若手側にも少しずつ諦めのようなものが生まれる。
「何を頑張ればいいのかわからない」
そういう言葉になる前に、すでに小さな断絶は始まっている。
現場で見ていると、若手は案外、細かく周囲を見ている。上司の表情。質問したときの反応。失敗した人への扱われ方。忙しい時の空気。そういうものを見ながら、「ここでは何をすると歓迎されるのか」を学習している。
その中で、「結果だけが評価される」と感じ始めると、途中の試行錯誤を見せなくなる。
考えている途中の言葉を出さなくなる。
まだ整理できていない違和感を飲み込むようになる。
それは、育っていないのではなく、「育ち方を隠すようになる」という現象に近い。
管理職側も苦しい。
日々の業務量は多く、細かく観察する余裕がない。数字や進捗で判断せざるを得ない場面も多い。育成の時間を取ろうとしても、目の前の対応に追われる。
だからこそ、「見る力」の差が、そのまま組織の学習文化に現れる。
ある管理職は、部下の小さな変化をよく見ていた。
以前は質問を待っていた社員が、自分から確認を取りに来るようになったこと。会議後に、少し考え込む時間が増えたこと。顧客対応のあとに、「あの言い方で良かったのか」と振り返るようになったこと。
それらを、単なる性格や気分の変化として流さなかった。
「見える範囲が変わってきたね」
そう言葉にしていた。
その一言だけで、若手の表情が変わる場面がある。
人は、自分の変化を誰かに見つけてもらったとき、ようやく成長を実感できることがある。
逆に言えば、見えていない成長は、本人の中でも輪郭を持てない。
育成という言葉を使うと、多くの場合、「どう教えるか」の話になりやすい。研修をどうするか。面談頻度をどうするか。OJTをどう整備するか。しかし現場では、それ以前の段階で止まっていることがある。
変化を見つける視点そのものが、組織の中に育っていないのである。
だから、フィードバックも表面的になる。
「もっと主体性を持って」
「自分で考えて」
「成長してほしい」
言葉としては正しい。しかし、それだけでは若手は動けない。どこが変わり始めているのか。何が以前と違ってきたのか。その観察がないままでは、言葉だけが宙に浮く。
育成がうまくいっている組織は、教えるのが上手いというより、「変化の途中」を見るのが上手い。
完成形だけを見ていない。
迷っている時間。
考え込んでいる時間。
まだ言葉になっていない違和感。
そういう不安定な状態を、未熟さとして切り捨てない。
むしろ、その揺れの中に成長の兆しを見ている。
人は、急には変わらない。
静かに見え方が変わり、そのあとに行動が変わり、最後に結果が変わる。
だが、多くの組織は最後の変化だけを見ようとする。
だから、「育っていない」という言葉が生まれる。
本当は、すでに変わり始めているのに。
育てる前に、見る力を鍛える。
それは単なる育成技術ではない。その組織が、人の変化をどれだけ信じられるかという話でもある。
そして、その視点が育った組織では、若手だけでなく、管理職自身も少しずつ変わり始める。
「成果を見る人」から、「変化を見る人」へ。
人材開発には、そういう静かな転換点があるように思う。