段階を見抜く① 不安を抱えたマネジメント
ある会社で、上司の田中さんと部下の山田さんの関係を観察していた。
田中さんは優秀な経営管理職だ。
自分で判断し、成果を出し、部下の成長を望んでいる。
一見すると、管理職として理想的に見える。
だが、その「成長させたい」という行動の中に、田中さん自身が気づかない構造が隠れていた。
ロバート・キーガンという発達心理学者がいる。
彼の研究によれば、人の認知能力や思考様式は、成人期においても段階的に発達していくという。
重要なのは、それが「知識の量」や「経験年数」ではなく、「何を客観視できるか」「判断基準をどこに置くか」という「思考の枠組み」の発達を扱っているということだ。
キーガンのモデルでは、5つの段階が想定されている。
このコラムで重要となるのは、後半の3つの段階である。
第3段階:環境順応型知性(他者依存の段階)**
成人の約40~50%がこの段階にいるとされている。
この段階の人の特徴は、「他者との関係性」と「所属する集団の規範・価値観」に主体を置いているということだ。
つまり、自分の欲求や考えは一度脇に置き、周囲の期待に応えることでアイデンティティを形成している。
「上司はこう期待しているのだから」
「会社はこう求めているのだから」
「周囲の評価がこうだから」
そうした外部の期待が、自分自身の良し悪しを決定する。
この段階の人にとって、「自分独自の価値判断基準」を持つことは、まだ難しいのだ。
第4段階:自己主導型知性(自律的な段階)
成人の約30%程度がこの段階にいるとされている。
この段階で初めて、人は「自分自身の価値体系」を確立し、それを「客観的な基準」として使うことができるようになる。
周囲の期待も、集団の規範も、「外部のデータ」として客観視できる。
その上で「自分たちは何を大切にするのか」という内面的な基準に従って、意思決定する。
これは、強力な段階だ。
自分の信念に基づいて行動でき、他者との対立も可能になる。
一方で、この段階には限界もある。
「自分の正義」に固執しやすく、それ以外の価値観を排除しやすいということだ。
自分の判断基準が「正解」だと思い込み、それが全員に適用できると考えてしまう傾向がある。
第5段階:自己変容型知性(相互変容の段階)**
成人の1%未満、通常は40代以降に現れるとされている。
この段階では、第4段階で築いた「自分の価値体系」すらも客観視する。
「自分の価値観は、一つの視点に過ぎない」
「対立する意見の中には、同等の真実が存在する」
「自分自身は、常に変化し続けるシステムである」
こうした、より複雑で、より謙虚な認識に到達する。
同時に、相手の段階を見抜き、その段階に応じた別の関わり方があることを理解している段階だ。
田中さんは、明らかに第4段階にいた。
自分で考え、判断し、失敗から学ぶ。
その経験の中で、「自分自身の価値体系」が確立されている。
「自分で判断する」
「失敗から学ぶ」
「自立すること」
これらが、田中さんにとって「成長の正解」であり、同時に「普遍的な真理」だと思い込んでいた。
だから、田中さんにとって第4段階的な思考様式は「当たり前」になっていた。
プロジェクト委譲の場面。
田中さんが部下の山田さんに言った。
「このプロジェクト、君に任せるよ。君ならできると思うから」
その瞬間、田中さんの脳内では何が起きていたのか。
表面的には「信頼と期待」が言葉になっている。
だが、直後の田中さんの表情を見ると、わずかだが、不安が浮かんでいた。
第4段階の人は、自分の「判断基準」を「当たり前」だと思うがゆえに、それを相手も持っていると無意識のうちに前提としてしまう。
田中さんの「君ならできる」という言葉には、実は「判断基準を持っているはずだ」という前提が隠されていたのだ。
数日後、山田さんは判断について相談に来た。
「田中さん、AプランとBプランで迷ってるんですが、どちらでいくべきですか?」
その時、田中さんは「どちらだと思う?」と聞き返した。
自立を促すための問いかけ。
よく聞く表現だ。
だが、その瞬間、田中さんの心の中では別の葛藤が起きていた。
田中さんは本当は「Bプランが良い」と思っている。
だが、それを言うべきか、言わないべきか。
完全に任せるべきか、指導すべきか。
その迷いの中で、田中さんは「どちらだと思う?」と聞いたのだ。
一方、山田さんはどう受け取ったのか。
山田さんは、第3段階にいた。
上司の期待が、自分の良し悪しを決定する段階にいる山田さんには、その問いがこう読み込まれていた。
「あの人は答えをくれない。ということは、自分が判断基準を持つべきだ」
「でも、自分には判断基準がない」
「上司をがっかりさせたくない」
「どうしたらいいのか」
その圧力の中で、山田さんは判断を下した。
失敗が起きた。
その時の田中さんの対応は典型的だった。
「これは大事な学習だよ。失敗から学ぶことが、一番の成長だ」
本気の言葉だ。
田中さん自身が、失敗の中で学んできたから。
だが、第4段階の人が第3段階の人に「失敗から学べ」と言う時、そこに何が欠けているのか。
それは「判断基準の伝授」と「試行錯誤の伴走」である。
第3段階の人には、「自分自身の判断基準」が内在していない。
だから、「失敗」という経験だけでは、「判断基準」には変わらないのだ。
むしろ、「失敗した」という感覚だけが残り、「周囲の期待に応えられなかった」という不安が深まり、次の判断をより慎重に、より保守的にさせてしまう。
その後、山田さんの行動が変わった。
判断をしなくなった。
相談が増え、確認が増え、報告だけが残った。
見た目は「丁寧な報告」だ。
本質は「上司の期待に沿うために、自分の判断を徹底的に抑制する」ということだ。
第4段階の田中さんは、この変化を「成長していない」と解釈する。
だが、実は「第3段階の人に判断基準を与えないまま『自分で考えろ』と言い続ける」ことが、その人をますます上司依存的にしているのだ。
田中さんとの対話で、この構造が明かされた時、田中さんは自らの不安を認めた。
「成長させたいが、失敗させたくない」
「判断を任せたいが、本当に大丈夫か不安」
「指導したいが、指導しすぎると成長の機会を奪うのではないか」
つまり、田中さんは、明確な答えを持たないまま、マネジメントをしていたのだ。
ここで重要な認識がある。
田中さんが「不安を見せられなかった」のは、プロとしての弱さではなく、第4段階の価値観の中で生きているからだ。
「上司は自信を持つべき」
「迷いを見せるのは弱さ」
「判断は自分で下すべき」
これらは全て、第4段階的な価値観である。
田中さんは、その価値観を「普遍的な正解」だと思い込んでいた。
だから、山田さんが「自信がない」「判断基準がない」状態に、違和感を感じたのだ。
第4段階にいると、第3段階の「周囲の期待や規範を基準に行動する」という思考様式が、理解しがたいのだ。
では、第3段階の人を第4段階へ導くには、どうすべきか。
「失敗から学べ」だけでは足りない。
「自分で考えろ」だけでも足りない。
第3段階の人に必要なのは、「判断基準を示しながら」「試行錯誤を一緒に歩む」という、別の関わり方なのではないだろうか。
その関わり方は、どのような形をしているのか。
あなたの組織の中に、そうした関わり方をしている上司がいるか。
あるいは、その上司は、どのような「思考の枠組み」を持っているのか。
それを見つめることが、組織における「真の育成」を問い直す入り口になるのではないか。